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笠井俊夫(教授) 分子研リポート2001 | 分子科学研究所

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Academic year: 2018

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(1)

分子クラスター研究部門(流動研究部門)

笠 井 俊 夫(教授)

A -1)専門領域:化学反応論、配向分子ビーム化学、立体反応ダイナミクス

A -2)研究課題:

a) 原子−分子および原子−クラスター反応の立体ダイナミクス解明 b)中性分子クラスターの構造決定と光解離ダイナミクス解明 c) 超高真空下の表面での分子吸着・吸蔵・化学反応の原子レベル解明

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 原子−分子および原子−クラスター反応の立体ダイナミクス解明:準安定励起希ガス原子と分子のエネルギー移動 反応では,反応物の電子軌道の空間的重なりが直接反応速度と反応分岐に関与するので,原子レベルの反応機構解 明に適している。我々は,六極電場を用いた新たな配向分子線法を開発して,A r* + C H3C l → C H3C l+ + e + A r 反応 と,その類似反応の A r* + C HC l3 → C HC l2

+

+ C l + e + A r における立体効果を観測した。これらの反応のうち前者は 平均衝突エネルギー0.09 eV で C H3C l 分子のC l 原子端で反応性が高く,C H3基端で反応性が低いことがわかった。そ の結果,C H3C l の HOMO分子軌道 3eの張り出した空間分布と非常に良い相関があることが判明した。同様に後者 の反応系においては,平均衝突エネルギー0.13 eV でC HC l3分子のC C l3基端で反応性が高く,H原子端で低いことが, さらにこれらの共軸衝突よりも側面衝突の方が反応に有効であるアライメント効果も観測できた。この反応の立体 異方性の起源は,C HC l3のHOMO分子軌道2a2の張り出した空間分布と良い相関があるこが判明し,ペニングイオン 化反応がの電子交換機構で進行することが明確に検証できた。

(a-1)上述のようにペニングイオン化過程では,関与する分子軌道の空間分布や分子間ポテンシャルの異方性を反映した立 体選択性を示すと考えられるので,配向分子線法と飛行時間法の組み合わせた新たな実験方法を用いて,A r* + C H3C l お よびA r* + C HC l3ペニングイオン化反応の立体選択性と速度依存性を同時に観測する2D表示立体反応ダイナミクス研究 を行った。六極不均一電場によりC H3C lを配向分子線とし,これに短パルス放電励起により生成した準安定アルゴン原子線 を衝突させた。高エネルギー領域の測定には,H2シードした準安定アルゴン原子線を用い,これにより衝突エネルギー0.06

∼0.25 eV の領域を測定した。C H3C l+生成イオン強度の六極不均一電場印可電圧依存性(集束曲線)をもとに配向電場軸 での配向分布関数を求めた。これをもとに各配向状態における各相対速度ごとの配向分布関数を求め,速度選別した立体 オパシティー関数を決定した。その結果,反応は配向角及び衝突エネルギーに対して顕著な依存性を示していることが分 かった。また,特定の衝突角で選別固定したもとで反応断面積の衝突エネルギー依存性を求めることができ,その依存性が 顕著な振動構造を持つことがわかった。一般にペニングイオン化過程の衝突エネルギー依存性は,分子間ポテンシャルの 異方性を反映して引力性の場合は負の傾きを,斥力性の場合正の傾きを持つと言われているが,その変化は比較的単調な ものと考えられる。今回得られた結果は,そのような単純なペニングイオン化過程で期待される結果と著しく異なった振る舞 いをしている。この複雑な振動構造の原因として考えられるのは,ペニングイオン化過程と競争する中性解離の影響である。 塩化メチルには,イオン化レベル付近に振動励起したR ydberg 状態が多数存在している。これらの状態へのレベル交差に よる乗り移りにより中性解離が促進され,結果として,競争するペニングイオン化断面積のディップが観測されたと結論でき

(2)

る。同様の測定をA r* + C HC l3→ C HC l2 +

+ C l + e + A r反応に適用した結果,衝突角を選別固定した下での衝突エネル ギー依存性は衝突角の変化とともに,共線衝突では単純増加,側方衝突では単純減少と変化した。しかし A r* + C H3C l 反 応で見られるような振動構造を持つ衝突エネルギー依存性は見られなかった。これはクロロホルム反応系においては,中性 解離チャンネルにつながるR ydberg 状態が存在するものの振動励起したR ydberg 状態が実験エネルギー範囲に存在しな いからであると考えられる。いずれの反応においてもペニングイオン化過程が中性解離過程と反応分岐を競争するのを敏 感に反映するペニングイオン化断面積の衝突エネルギー依存性が初めて発見できたことは意義深い。

(a-2)六極電場法を用いて,さまざまなサイズから成るクラスタービームの中から非破壊に二量体(HC l)2のみを選別し,それ を準安定励起ネオン原子線 Ne(

3

P)と衝突させ,クラスターのペニングイオン化反応 Ne* + ( HC l)2 → HC l

+

( A ) + HC l + e+ Neを観測した。その結果,従来HC lモノマーからしか生成しないと考えられていたHC l

+

(A )イオンの生成が観測できた。また, HC l

+

(A -X )化学発光のスペクトル解析から,クラスター反応で生成されるHC l

+

(A )イオンの振動および回転温度は,モノマー 反応のものよりも低い,つまり内部状態が冷えた反応生成物を与えることが分かった。これは, (HC l)2二量体を構成するHC l のうちでイオン化しない残りの HC l が第三体として HC l

+

(A )生成イオンの振動・回転エネルギーを緩和するからであると推 定できる。

b)中性分子クラスターの構造決定と光解離ダイナミクス解明:超音速分子線やレーザー蒸発法によりファンデルワー ルスクラスターや有機分子と金属原子とを人工的に組み合わせた新規な分子クラスターを生成することが可能と なり,それらのクラスター構造の決定,さらにクラスター化がその反応性に及ぼす影響についての系統的解明が必 要となってきた。我々は通常の分光学的方法では困難な中性分子クラスターの永久電気双極子モーメント及びその 構造を,六極電場法を用いて非破壊選別する実験手法を開発した。

(b-1) レーザー蒸発法で A l-NH3(1-1)及び A l-C H3C N(1-1)を合成し,それらの電気双極子モーメントはそれぞれ 2.7 Dと1.2 Dであることを決定した。前者はA lクラスター化でアンモニアの双極子モーメントは増大し,反対に後者は減少している。そ の結果からMetal-ligand結合形成に伴う電荷移動効果と分極効果の競合的作用が明らかとなった。同様にレーザー蒸発法 でA l-C6H6(1-1)有機金属クラスターを合成して構造を調べた結果,1,2型と1,4型の二種の構造異性体が存在することが分 かった。またそれらの電気双極子モーメントはそれぞれ 1.5 Dと1.4 D であると決定できた。通常の分光学的方法では決定 できず,今回初めて得られた実験的数値である。

(b-2) ヘテロ(D C l)2二量体のみを選択的に六極電場で選別し,121.6 nmレーザー光による光解離を行い,引き続きドプラー 選別飛行時間法を用いて,二量体から解離した水素原子の空間散乱分布を測定した。その結果, [C lHC l]光解離フラグメ ントの存在を示唆するT OF スペクトルの観測に成功した。また[C lHC l]フラグメントの振動周波数は∼800 cm

-1

,通常のD C l 伸縮振動周波数 2091 cm

-1

と大きく異なることが分かった。

c) 超高真空下の金属表面での分子吸着・吸蔵・化学反応の原子レベル解明:水素は最も単純な表面化学吸着種で,表面 上の化学吸着の化学及び物理の基礎概念を構築する上で非常に重要である。更に金属表面と水素の反応は不均一触 媒反応,材料科学,水素吸蔵反応など多くの分野で重要なプロセスとしてその情報が求められている。ここでは,5d 遷移金属表面における化学反応について系統的な理解を得るために,白金(Pt)や金(A u)にくらべてバルクの凝集エ ネルギーの大きいイリジウム(Ir)再構成表面における水素吸着系を,低速電子線回折(L E E D ),昇温脱離法(T PD )の 手法を用いて研究を行った。また,水素が単体表面に解離吸着できないA uを同じ5d遷移金属であるIr表面上に蒸着 させ,A u薄膜の成長と表面における水素吸着について調べた。これの研究結果は,解離吸着・会合脱離現象を理解す

(3)

着させた後H2のT PDスペクトルを測定した。表面の構造のL E E Dパターンを観察しT PDスペクトルと対応づけた。その結果, 水素飽和吸着状態では,金や白金の場合と異なり,(1× 1) 構造と(1× 5)構造の他に準安定な(1× 3)構造が存在することが 新たにわかった。また水素飽和吸着時には3つの T PD スペクトルピークが現れ,それぞれ表面の(1× 5),(1×3),(1×1)領域 からの脱離に対応していることがわかった。次に,Ir{ 100} -(1×5)表面におけるH-D交換反応を調べた。H2をあらかじめ吸着 させた表面を一定量の D2雰囲気に露出し H2,D2および HD の T PD スペクトルを測定した。その結果,(1×1) 領域のみ水素 が飽和吸着した表面をD2雰囲気に露出すると,(1×1)領域からの脱離に対応するピークが減少し(1×3)領域からの脱離に 対応するピークが現れることがわかった。D2の代わりにNe雰囲気にさらした場合この現象は起こらなかった。これは入射分 子が持つ運動エネルギー程度では吸着H原子は表面を拡散しない事を示す。この結果より,Ir{ 100} 表面上でD2の解離に よってホットD 原子が生じ,そのエネルギーが表面に吸着しているH原子に移行することによってH原子が表面を拡散する

「ホット原子モデル」を提案した。この過程には表面構造の再構成が関与している可能性があるため,水素吸着によって再 構成が誘起されない Ir{ 111} 表面を用いて同様の実験を行った。その結果,この場合も表面からD2,HD が脱離することが わかり,ホット水素原子の量を定常状態近似で解析したところ,実験で得られた脱離曲線をよく再現できることがわかった。 (c-2)Ir{ 111} 表面における金薄膜の形成と水素吸着に関する研究を次のように行った。Ir{ 111} 表面上にA uをlayer-by-layer 成長させL E E Dにより表面構造変化を観察した。A u蒸着量はオージェ電子分光により追跡した。またA u薄膜の化学反応性 は重水素(D2)を吸着させた表面の昇温脱離法(T D S )により調べた。その結果,100 K でD2を解離吸着させたA u薄膜表面 から脱離するD2の実測 T D S スペクトルにおいて,先に Ir{ 111} 表面に Dを飽和吸着させた後,A uを2 ML 蒸着させると170 K に鋭いピークがあらわれた。しかし,この表面を再び冷却しD2を解離吸着させてもそのピークは現れない。またIr{ 111} 表 面に先にA uを2 ML 蒸着させた後,D2を解離吸着させた場合にも,そのピークは現れない。これらの結果より,得られた鋭い T D Sピークは,A u/Ir界面からの脱離であると考えられる。また,Ir{ 111} 表面上に成長した A u薄膜表面は単体 A u表面と異 なりD2を解離吸着できることがわかった。以上の結果から,本来化学的に全く不活性である金がIr{ 111} 表面上における金 薄膜の形成により化学的に活性化し,強い水素吸着力をもちはじめ,表面吸着・吸蔵効果を示すことがわかった。

B -1) 学術論文

D. -C. CHE, M. HASHINOKUCHI, Y. SHIMIZU, H. OHOYAMA and T. KASAI, “Photodissociation of DCl dimer

selected by an electrostatic hexapole filed combined with a Doppler-selected time-of-flight technique: observation of [ClDCl] transient species,” Phys. Chem. Chem. Phys. 3, 4979 (2001).

K. MORITANI, M. OKADA, M. NAKAMURA, T. KASAI and Y. MURATA, “Hydrogen-exchange reactions via hot

hydrogen atoms produced in the dissociation process of molecular hydrogen on Ir{111},” J. Chem. Phys. 115, 9947 (2001). K.IMURA, H. OHOYAMA and T. KASAI, “Evidence for the HCl+(A) formation in the reaction of Ne(3P) with the size- selected HCl dimer using an electrostatic hexapole field,” Chem. Lett. 1136 (2001).

Y. KONISHI, M. OKAZAKI, K. TORIYAMA and T. KASAI, “Nanotube Effect on a Liquid Phase Photo-reaction in

Mesoporous Silica,” J. Phys. Chem. B 105, 9101 (2001).

K. IMURA, T. KAWASHIMA, H. OHOYAMA, T. KASAI, A. NAKASHIMA and K. KAYA, “Non-Destructive Selection of Geometrical Isomers of Al(C6H6) Cluster by a 2-Meter Electrostatic Hexapole Field,” Phys. Chem. Chem. Phys. 3, 3593 (2001).

(4)

H. OHOYAMA, M. YAMATO, S. OKADA, T. KASAI, B. G. BRUNETTI and F. VECCHIOCATTIVI, “Direct

measurement of oscillating behavior in Ar(3P) + CH3Cl → Ar + CH3Cl+ + e- ionization cross section by velocity and orientational angle selected collisions,” Phys. Chem. Chem. Phys. 3, 3598 (2001).

K. IMURA, T. KAWASHIMA, H. OHOYAMA and T. KASAI, “Direct determination of the permanent dipole moments

and structures of Al-CH3CN and Al-NH3 by using 2-meter electrostatic hexapole field,” J. Am. Chem. Soc. 123, 6367 (2001). M. YAMATO, H. OHOYAMA and T. KASAI, “2D-Measurement of Penning Ionization Cross Section upon Molecular

Orientation and Collision Energy in Ar(3P2,0) + CHCl3 Crossed Beam Reaction,” J. Phys. Chem. 105, 2967 (2001).

B. G. BRUNETTI, P. CANDORI, S. FALCINELLI, T. KASAI, H. OHOYAMA and F. VECCHIOCATTIVI, “Velocity

dependence of the ionization cross section of methyl chloride molecules ionized by metastable argon atoms,” Phys. Chem. Chem. Phys. 3, 807 (2001).

B -2) 国際会議のプロシーディングス

M. OKAZAKI, K. TORIYAMA, K. ODA and T. KASAI, “Magnetic Field Effect for a Reaction in Mesoporous Silica: Cage Effect for the photoreduction of Xanthone in the Nanotube of MCM-41,” Riken Review 1-13 (2001).

B -4) 招待講演

A. OKANO, H. OHOYAMA and T. KASAI, “Possible structures of HBr-N2O involved in the OH(A) formation of photo- initiated intracluster reaction,” European Geophysical Society XXVI General Assembly, ST9 New chemistry in the ancient and the present middle atmosphere and atmospheric evolution, Nice (France), March 2001.

T. KASAI, “From Simplicity to Complexity in Stereochemistry of Chemical Reactions,” Sumposium on Complex Systems,

Trieste (Italy), May 2001.

T. KASAI, “Electrostatic hexapole is an ever-lasting tool to search for stereodynamics,” Special Seminar of Institute of Atomic and Molecular Sciences, Taipei (Taiwan), June 2001.

B -6) 学会および社会的活動

平成 13 年度立体反応ダイナミクス研究会「化学反応動力学の行方」, 福岡 , 2001 年 5月 22日 , 世話人 .

平成 13 年度一条高等学校夏期理数科セミナー「化学反応を通して物質世界を眺める」, 奈良 , 2001年 7 月 7日 , 講師 . 学協会役員、委員

超微粒子とクラスター懇談会理事(2000-2003). 文部科学省、学術振興会等の役員等

日本学術振興会特別研究員等審査会専門委員 (2000-2001).

B -7) 他大学での講義、客員

大阪大学大学院理学研究科, 「化学反応特論」、「化学反応セミナーI」、「化学反応セミナーII」, 併任教授, 2001年4月1日- 2002年 3 月 31 日 .

(5)

C ) 研究活動の課題と展望

分子配向は反応速度や反応分岐をゼロにも百パーセントにもする大きな反応制御の潜在力を持っており,化学反応におい て制御すべき重要なパラメータである。このパラメータはクラスター間反応及びクラスター内反応,4原子反応,表面反応な ど,複雑系・不均一反応系においても重要である。この主旨に沿って,従来行ってきた研究をさらに発展させ以下の研究課

題を取り上げたい。

a) 新規な中性の有機金属クラスターや珪素クラスターを合成し,六極電場法を用いて構造決定し,引き続きサイズと 構造が選別されたクラスターを用いて,配向制御下でクラスター反応における立体効果を解明する。

b)六極電場法と直線偏光レーザー励起法を併用してA B +C D 4原子系のベクトル・ベクトル6次元立体反応ダイナミ クス研究を展開する。

c) 金属やシリコン単結晶表面と配向した気体分子との不均一反応におけるに立体効果を観測し表面反応の基礎解明 を行うとともに,配向制御による表面反応制御法を開発する。

これらの研究成果をふまえ,分子構造と結合状態の変化のありさまを時間的・空間的に同時解読された「立体反応ダイナミ クス」の新しい反応論の確立を試みる。

参照

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